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アソビのタネ

子どもがいるならどこでも「もっと楽しく」「もっとのびのびと」「もっと安心して」いられる現場づくりでの実践を記していきます。

プレーカー石川県出動~「遊びって提供するものなんですか?」~

遊びの企画

秋分の日の9月22日、石川県小松市に行って来ました。プレーカーによる遊び場を「こまつ乗りもの動物園」というイベントで「出展」して欲しいと、「こまつ乗りものフェスティバル実行委員会」さんから依頼されたからです。会場は「こまつドーム」という、スポーツや展示会、式典なども行われる複合施設のアリーナでした。

 

 

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「何々やね!」「何々や!」

石川弁の飛び交う当日の会場には総勢8000人の来場があったそうです。クラシックカー70台、高所作業車、セグウェイミニ新幹線など色々な乗り物が会場を賑わかし、ドローンが飛び回る姿が見られました。プレーカーによる遊び場はこんな様子でした。

 

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開場前から工作をしはじめた子どもの様子をみたスタッフの方から「こういう風に遊びがはじまっていくんですね、ゆるい感じがすごくいい!」と称賛をいただきました。なので「当社の代表のぶんちゃ(須永)はもっとゆるいですよ!」と他社にはない自社の魅力をさりげなくPRしました。

 

「ぶんちゃのいる遊び場はゆるい」

字面にすると全くアピールポイントには見えませんが、遊び場がそう受け取られる雰囲気のあることは非常に重要なことです。その重要性を訴えるほど、重要に見えなくなっていってしまうジレンマがありますがそれはしょうがない。

 

遊び場では、飾り物で気ままに木材をデコる子、

 

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段ボールで汽車をする子、

 

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大勢の視線が行き交う中「秘密基地」づくりに邁進する子などなど、それぞれ思い思いに過ごしていました。

 

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開催終了後、依頼主の方から

「どこでもあそびばになるんだ!!!自由にすれば…。普段は先回りしがちな親がじっと見守られて、一心にトンカチしている子どもたちの瞳はきらきらでした。」

と感想をいただきました。嬉しく思います。

 

 

行ってから知ったのですが、小松市はパワーショベルを生み出した建設機械メーカー「コマツ」の本拠地であり、航空自衛隊基地があり、日本自動車博物館を有するなど、乗り物にちなんだ背景を持つことから、「乗りもののまち」を謳いまちを盛り上げているそうです。

 

そのような中で、なぜプレーカーが呼ばれたのか。さて、ここからは少し長く、紛らわしく、私(塩田)の憶測と勝手な自己解決の工程を書きます。

 

【プレーカーはなぜ呼ばれたのか】

仙台市から小松市に向かう車中で思いました。

目を引く車体のペイント、「遊び道具」を積んだ中身、3.11をきっかけに東北での被災地支援を行ってきた背景、、、そういう珍しい種類の車だからという理由での出展依頼なのだとしたら、複雑な気持ちでした。プレーカーは普段、子どもたちの「遊ぶ環境」をどうにかして良くしたいという思いを持っている人たちの依頼を受けて出動します。依頼主は個人からサークル、法人など様々です。本業の合い間、プライベートの限られた時間、資金のない中で、自ら助成金を得たり、サークル内の会費、あるいはポケットマネーで遣り繰りしたり、「これだけしか出せないが、、、」という気持ちで呼んでくれるところもあります。

 

震災から6年目の現在は、「被災により子どもたちが遊べていない」からというわけではなく、「地域に子どもの遊び場がない」という危機感・困難からの依頼主が増えてきています。同じ問題意識を抱える人たちのところへはお金関係なく協力したい。けれども実際そういきません。これからは「復興マネー」と言われるような助成金もますますなくなり、これまで一緒に協力してきた人たちと「仕事」としての関係を断っていかざるを得ない状況が増えていくことは確実です。それは悲しいことです。

 

(いや、悲しいことというより、お金は関係ないという「綺麗事」の上に胡坐を掻いていた自分が見えてきて、それが悲しいというか情けない、理想と現実の狭間とはかくのごとしか!やはりこの世は金じゃ!ならば、じゃんじゃか稼いで、「綺麗事」の上に寝そべり名声と富をこの手におさめよう!ビバ聖人君子!!!

 

600kmの仙台市から小松市までの道中は、そんなことまで考えるほど険しく長い台風と対面走行、妄想と現実の狭間をもドライブしていました。気が付けば自分は自分や大人との関係性ばかりに気を煩わし、子どもに目を向けていないのだなあとつくづく思ったりもしています。)

 

カッコ内の心情はさておき。

そんなこれまでと今、今後があるので、今回の小松市のイベント依頼を単なる「お金をもらえる」仕事以上のものにしたい、そのために出来ることは何か、小松市で関わった人たちに伝えることは何かと考えました。

 

「子どもが遊ぶ」ことは自然なことであるのに、いまはその当たり前のことが難しくなっている。そのような状況と出くわした時、何かしたいと思った時、「冒険遊び場」や「プレーパーク」のような考え方・実践があることを伝えたいと思いました。

 

 ただ、そんな思いは傲慢でしかないかもしれない。たった一度のプレーカーによる遊び場の出前によって、これが「遊び場」ですと示せるわけではないし、日常の子どもの遊ぶ環境をつくり出せるわけではないし、まして子どもが遊ぶ環境づくりに日本各地で長く苦心してきている人たちの言説の上澄みをすくった様な自分の物言いにどれだけ力があるのかたかが知れています。結局のところ、遊び場に来た子どもたちが「今日楽しかった」と感じるような場をそこに居合わせた人、子どもたちとつくっていくことしかない。

 

 【遊びって提供するものなんですか?】

 

斯くして迎えた「こまつ乗りもの動物園」前日。小松市はつらつ学習課としてプレーカーの出展に尽力してくださった坂下さんから、小松市にあるかが森林組合に当日必要な廃材を調達しに向かう車中で、目の覚めるような質問をぶつけられました。

「遊びって提供するものなんですか?」

この質問を聞き、プレーカーをただ物珍しくて呼んだのではないと感じました。プレーカーは一見すると、派手なペイントをした「遊び道具」を積んだだけの車です。イベント屋として呼んでいるのであれば、こういう質問をするはずはありません。子どもの「遊び」に関心があり、私たちの活動に共感するところがあり質問してくれたのだと思い説明を試みました。

 

「遊び」は提供するものではありません。「遊ぶ」とは、自己の内面から生じる行為です。たとえ外面的には「遊び」とは見なされなくとも、また何もしていないように見えていてさえ。また、本人が遊んでいると感じない限り「遊び」ではありません。だからこそ、坂下さんの問いは正当なものです。本来ならば大人があえて子どもの「遊び」の場をつくり出そうとする状況は必要なかったはずです。

 

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1930年代からデンマークで冒険遊び場の考え方・実践が生みだされなければいけなかった背景、1970年代に日本で冒険遊び場がはじまったいきさつ、阪神淡路大震災での遊び場づくり、東日本大震災でのプレーカーの目的、そこから浮き彫りとなった「都市」と「地方」では括れない子どもの遊ぶ環境を窮屈にしている社会状況。

 

聞きかじりと、本で読み知った程度の知識と数年程度の遊び場での経験と実感で伝えられたことは多くはありませんでした。それでも耳を傾けてくれ、イベント前日のプレーカーブースの関係者が10名ほど参加した夕食会でも説明する時間を設けてくれました(乾杯前に喋りすぎて打ち止めをくらったことを反省し、まとめ力の強化に精進します)。

 

そこで、小松市で学童クラブの指導員をしている加藤さんが、坂下さんに「プレーカー絶対面白いから!」ということで紹介してくれたことを知りました。加藤さんは、学童クラブ問わず子どもがもっとのびのびと楽しく過ごせるにはどうしたらいいか考えている人で、色々と調べているうちにプレーワーカーズのことを見つけたのだと教えてくれました。「日々情報発信大事!」と実感します。

 

お話しする中で見えてきたのは、「今の子ども」たちは自分たちの「子ども時代」ほど「遊んでいない」という実感を加藤さんたちも抱いているという事実でした。「今の子ども」の「遊び」に視線を向けることは、同時に自らの「子ども時代」を比較対象として見つめることになります。構造上そうなってしまうがゆえを、プレーワーカーズHPの代表あいさつ(代表あいさつ | 一般社団法人プレーワーカーズ)で説明されているのでご覧いただけたら幸いです。

 

 

石川県出張の楽しかったエピソードを交えながら、ライトにブログを書く当初の目論見に大失敗した今回のご報告でした。最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

塩田大介(なおたろう)