読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アソビのタネ

子どもがいるならどこでも「もっと楽しく」「もっとのびのびと」「もっと安心して」いられる現場づくりでの実践を記していきます。

「すごく大変、という実感」

遊び空間デザイン

「すごく大変、という実感(水明No.2)」

 

f:id:playworkers:20160607135333j:plain

 

 

4月24日、河川敷での清掃と釣りの合間やあとにその場で、次回の活動をいつ、何をするかLAZO倶楽部の5人と打ち合わせをしました。

そこでLAZO倶楽部から、河川敷を自分たちだけで掃除するのは「すごく大変、一緒に協力してくれる人を集めなきゃ」という声があがりました。

 

大人としては、大変なことは十分承知していたことでした。自分たちだけであの規模を掃除するのは無謀、それに「遊び場づくり」には地域の協力が不可欠。だから以前の話し合いの段階から、LAZO倶楽部に対して、地域の人たちを集めて活動していかなきゃねと伝えていました。

しかし、”きょとん”とした顔をされていました。

 

なぜ、”きょとん”とした表情をしていたのか以前の話し合いの段階ではよくわかりませんでした。けれど、掃除をしたときの彼女たちからの「すごく大変」という声から見えたような気がしました。

つまり大人が子どものの実感を先取りしていたことに気がつけなかったのです。

 

掃除という「課題」への解決策が協力者を集めること、という「答え」だけを先に提示していたのでした。答えだけが示されたとしても、それが「なぜ」なのかわからなければ理解できません。「なぜ」は、言葉だけではつかめない。実感がともなってはじめて理解できます。

 

子どもたちが実感をつかむ過程をないがしろにして、「子どもたちと一緒」に遊び場をつくると言うのはおかしなはなしです。

そうするのであれば、大人の目的実現のために「子どもを使っている」のであって、活動の中心は子どもではなく大人です。

 

水明町での遊び場づくりはLAZO倶楽部からの「自分たちでつくりたい」という意思です。楽しい遊び場をつくっていくことはもちろんですが、一番大切にしたいのはその意思です。その意思を奪うことのないよう、大人の「無自覚さ」に自覚的であらねばならないと思います。